発見物情報
- 発見場所東地中海
- 発見座標1381 , 3685
- 後続発見物ネフェルティティの胸像
- 必要スキル考古学 Lv5・視認 Lv3
- 冒険経験値175
- 初回発見日2026年10月3日
- 最終確認日2026年10月3日
補足
古代エジプトのフォラオ、アメンホテプ4世の造営した都。彼の死後すぐにテーベへの遷都が行われ、まもなく住民がいなくなったという。古い言葉で「アテン神の地平」を意味する「アケトアテン」とも呼ばれる。
考察
アマルナは、古代エジプト第18王朝のファラオ、アメンホテプ4世が建設した新都アケトアテンの遺跡である。彼はのちにアクエンアテンと改名し、太陽円盤として表されるアテン神を国家宗教の中心に据えた。従来のアメン神をはじめとする神々の祭祀を抑え、王と王妃ネフェルティティを介してアテンを崇拝する体制を進めたため、この時代はエジプト史の中でも特異な宗教改革として知られている。
アクエンアテンは従来の政治・宗教中心地から離れた土地に新都を築き、「アテンの地平」を意味するアケトアテンと名付けた。都市には王宮、大アテン神殿、住宅地、工房などが整えられ、人口はおよそ3万人に達したと推定されている。しかし都市として栄えた期間はごく短い。アクエンアテンの死後、王権は伝統的な神々への信仰へ戻り、ツタンカーメンの時代には宮廷がアケトアテンを離れてメンフィスへ移った。その後、神殿や宮殿は解体され、石材も別の建築に再利用された。
ゲーム内の説明にある「アメンホテプ4世が造営した都」「アケトアテンは『アテン神の地平』を意味する」「彼の死後ほどなく住民がいなくなった」という流れは大筋で正しい。ただし「死後すぐにテーベへ遷都」とすると少し単純化される。実際には後継期を経てツタンカーメンの時代に宮廷がアケトアテンを離れ、政治拠点はメンフィスへ移され、テーベではアメン信仰が再び重視された。短期間で放棄されたため、アマルナは都市生活の様子を比較的まとまって残す貴重な遺跡にもなっている。

