ヤッファの門の外 北西のほう

発見物情報
補足
「くさびがたもじ」。楔形文字が刻まれた石板。楔形文字は古代メソポタミアを中心として用いられた。石板に刻んだということは、長期間残す目的で作られたのだろう。
考察
楔形文字は、紀元前4千年紀末の南メソポタミアで成立した初期の文字体系から発展した。もともとは粘土板に絵画的な記号を描いていたが、やがて葦の筆記具を粘土へ押し当ててできる楔形の刻印へと変化した。シュメール語だけでなく、アッカド語、ヒッタイト語など少なくとも十数種類の言語の表記に応用され、西アジアの広い範囲で3000年以上使われた。
日常的な記録には粘土板が圧倒的に多く、行政文書、契約、書簡、文学、医療知識など幅広い内容が残されている。一方で、楔形文字を石に刻んだ例も確かに存在する。王の事績、建築奉献、宗教的な記念文など、長く残す必要のある碑文では石材が使われることがあり、メトロポリタン美術館には石灰岩や石膏アラバスター製の楔形文字碑文が所蔵されている。とくに神殿への奉納や王の建築事業に関する文章は、恒久性を意識して石に刻まれることがあった。
ゲーム内の説明にある「石板に刻んだということは、長期間残す目的で作られたのだろう」という推測はかなり筋が通っている。ただし、楔形文字資料の一般像としては粘土板の方がはるかに代表的で、石板は特別な用途に用いられる場合が多い。また、ヤッファ周辺で発見された特定の実在石板を指す根拠は今回確認できず、この発見物は古代西アジアの石製楔形文字碑文を一般化したものと見るのがよさそうである。
