セレウコス1世の大理石像

『セレウコス1世の大理石像』を発見したゲーム画面

発見物情報

補足

アレクサンドロス大王の参謀にして、セレウコス朝シリア王国の建国者、セレウコス1世の大理石像。

考察

セレウコス1世はアレクサンドロス大王の遠征に参加したマケドニア人将軍で、大王の死後に始まった後継者戦争を勝ち抜き、セレウコス朝を築いた人物である。紀元前321年にバビロニアの太守となり、一度はアンティゴノスに追われたものの、紀元前312年に帰還。この年が後にセレウコス朝の紀年の起点となった。東方のイランやバクトリアへ支配を広げ、さらに西へ進出したことで、旧アレクサンドロス帝国の広い地域を再び一つの王権のもとにまとめていった。

ただし、ゲーム内で使われる「シリア王国」という呼び名では、この国家の実像をかなり狭く見せてしまう。セレウコス朝の基盤はバビロニアにあり、シリアだけでなくメソポタミア、イラン、中央アジア、小アジアの一部まで含む広域帝国だった。また、セレウコスはインダス方面まで進軍したが、紀元前305年頃にマウリヤ朝のチャンドラグプタと協定を結び、ヒンドゥークシュ以南・以東の領域を譲っている。「小アジアからインドまで支配した」と一言でまとめるには、領域の変化が大きすぎる。

セレウコス本人の姿は貨幣などに残されており、後世の彫刻にも彼とされた肖像がある。ルーヴル美術館にはベイルート出土の大理石製頭部があり、かつてセレウコス1世像とみなされたが、現在はその同定に疑問も示されている。したがって、ゲームの「セレウコス1世の大理石像」に近い実物は存在するものの、本人を確実に表した像として扱うことはできない。発見物としては、ヘレニズム王の肖像文化を下敷きにした設定と見るのが妥当だろう。

この発見物を入手できるクエスト

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