鄭和艦隊の船首像

『鄭和艦隊の船首像』を発見したゲーム画面

発見物情報

  • 発見場所スマトラ島南西岸、東南アジア
  • 必要スキル探索 Lv7・考古学 Lv9・開錠 Lv7
  • 冒険経験値372
  • 発見時の報酬鄭和艦隊の船首像 (その他)
  • 初回発見日2026年10月6日
  • 最終確認日2026年10月6日

補足

鄭和が乗っていた明の船の船首像。記録では鄭和の船は宝船といわれる巨大なもので、その大きさはかのコロン提督やガマ艦隊の船とは比べ物にならないほどだという。この船首像を見る限り、その話はあながち嘘でもないようだ。

考察

鄭和は永楽帝の命を受け、1405年から1433年までの間に七度にわたってインド洋方面へ大規模な航海を行った。艦隊は東南アジア、インド、ホルムズ、アラビア半島、さらに東アフリカ沿岸まで達し、数万人規模の乗員と多数の船舶を動員したとされる。マリンディを含む東アフリカとの接触も史料や考古学的資料から確認されており、当時としては例外的な規模の国家主導遠征だったことは間違いない。

一方、鄭和の「宝船」が実際にどれほど巨大だったかについては、現在も議論が続いている。後世の『明史』などには、長さ44丈4尺、幅18丈という非常に大きな寸法が記され、換算次第では全長100メートルを大きく超える船となる。しかし、この数値をそのまま実物の寸法とみなせるかについては、造船技術や船体強度、史料の成立時期などから疑問も出されている。研究者の中には巨大船の存在を肯定的に見る立場もあれば、記録は誇張された可能性があるとする見方もある。

そのため、ゲーム内の説明にある「コロン提督やガマ艦隊の船とは比べ物にならないほど巨大」という部分は、史料に基づく伝統的なイメージを強く反映しているといえる。鄭和艦隊が同時代のヨーロッパ艦隊をはるかに上回る規模だった可能性は高いが、個々の宝船の正確な大きさは確定していない。また、「鄭和艦隊の船首像」に直接対応する著名な現存遺物も確認しにくく、発見物自体は艦隊の巨大さを象徴する形で構成されたものと見るのが自然だろう。

この発見物を入手できるクエスト

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