補足
アケメネス朝ペルシャの王、クセルクセスの名が刻まれた壺。古代都市ハリカルナッソスがあった地で発見された。庶民が手に入れられるようなものではないため、この地を治めていた者が遺したものであろう。
考察
「クセルクセス王のつぼ」は、実在する考古資料をかなり直接的にモデルにした発見物と考えられる。大英博物館には、古代都市ハリカルナッソスに築かれたマウソロス霊廟の遺構から発見された、クセルクセス1世の名を刻むカルサイト製の容器が所蔵されている。高さは約29cmで、エジプトで製作されたとみられ、「偉大なる王クセルクセス」という王名が古代ペルシア語だけでなく、エジプト語、バビロニア語、エラム語でも記されている。
この多言語表記は、アケメネス朝の広大な支配領域をよく表している。クセルクセス1世は前486年から前465年まで統治し、帝国にはイラン高原だけでなく、メソポタミア、エジプト、小アジアなど異なる言語・文化圏が含まれていた。王名を複数の文字と言語で刻んだ器は、単なる日用品というより、王権と帝国の威信を示す高級品だった可能性が高い。同様にクセルクセス名を刻んだ石製容器や断片はスーサなどからも確認されている。
特に興味深いのは、この器がクセルクセスの時代より一世紀以上後に造られたマウソロス霊廟から出土したことである。つまり、王の死後も長期間にわたって保存され、カリアの支配者層に受け継がれた可能性がある。どの人物を経て霊廟に収められたのかは確定していないが、アケメネス朝とカリアの有力者との密接な関係を示す資料として重要である。
ゲーム内説明では「この地を治めていた者が遺したものであろう」としているが、そこは断定を避けたい。実物の存在と出土地は確認できる一方、所有者や贈与の経緯までは確定していないからである。それでも、エジプトで作られ、ペルシア王の名を四言語で刻まれ、小アジアのハリカルナッソスへ渡った一つの器は、アケメネス朝という巨大帝国の中で人・物・権威が広域に移動していたことを物語る、非常に象徴的な遺物である。

