リシツィン兄弟

EXHIBITION 002

リシツィン兄弟

ロシアの茶文化を支えた金属職人たち

19世紀初頭のロシア製サモワール(リシツィン兄弟の製品ではない)|撮影:Shakko / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

一杯のお茶から始まる物語

ロシアの家庭で親しまれてきたサモワールは、湯を沸かすための道具でありながら、美しい金属工芸品でもある。銅や真鍮で作られた本体には、流れるような曲線や装飾的な取っ手が施され、実用性と職人の技術が一つになっている。

『大航海時代 Online』にも、サンクトペテルブルクで発見する財宝としてサモワールが登場する。しかし、その製造の歴史をたどっていくと、舞台はロシア西部の工業都市トゥーラへと移る。そこには、後に名高い産業となるサモワール作りに取り組んだ、二人の兄弟がいた。

武器職人の町、トゥーラ

モスクワの南に位置するトゥーラは、古くから金属加工と武器製造で知られた町である。ロシア国家の軍需を支える職人たちが集まり、金属を鍛え、削り、組み立てる技術が受け継がれていた。

この町で働いていた職人の一人が、フョードル・イワノヴィチ・リシツィンだった。武器製造に関わる仕事を続ける一方、自らの工房では銅製の食器や生活用品も作っていたという。金属加工の技術は、武器だけでなく、人々の暮らしに役立つ道具を生み出すためにも使われていたのである。

フョードルには、イワンとナザルという二人の息子がいた。兄弟は父の仕事を通じて銅を加工する技術を身につけ、やがてサモワール作りに携わるようになった。

1778年、小さな工房の挑戦

1778年、イワンとナザルのリシツィン兄弟は、トゥーラでサモワール製造の事業を始めた。町で最初期のサモワール専門工房として記録されており、この年はトゥーラの産業史における重要な節目となっている。

工房は家族の住まいに隣接する小さな建物に設けられていた。記録によれば、作業場の大きさは長さ約15メートル、幅約5.5メートル。庭には金属を加熱するための炉も備えられ、兄弟は父から受け継いだ技術を新しい製品の製造に生かした。

もっとも、兄弟がサモワールそのものを発明したわけではない。ロシアではすでにウラル地方などで製造が行われており、彼らの功績は、その技術をトゥーラの工房産業として発展させる道を開いたことにある。

一つのサモワールを作るために

金属製のサモワールは、一人の職人が最初から最後まで仕上げる単純な製品ではなかった。銅板を加工して本体を形作り、内部の燃焼筒を組み込み、蛇口や取っ手などの部品を取り付ける。製造には、鍛造、鋳造、はんだ付け、研磨といった異なる技術が必要だった。

ポリテクニック博物館の資料によれば、リシツィン家の工房では、一つのサモワールの製造に少なくとも七人の職人が関わったという。金属を成形する者、内部を錫で覆う者、部品を組み立てる者、表面を磨く者など、それぞれの仕事が積み重なって一つの製品が完成した。

しかも、その形は一種類ではない。壺のような優雅な曲線を持つもの、卵形のもの、胴の張ったものなど、さまざまな意匠が生み出された。日々使う道具であっても、美しく仕上げることが職人たちの仕事だったのである。

兄弟から次の世代へ

リシツィン兄弟の事業は、家族だけの小さな仕事にとどまらなくなっていった。工房の規模は拡大し、製品はトゥーラの町だけでなく、ほかの地域にも送り出されるようになった。

兄弟は1810年代の初め頃まで共同で事業を続け、その後はそれぞれの製造所を営んだと伝えられる。製品に刻まれる職人や工房の印は、作り手の名前を後世に伝える手がかりにもなった。

1823年には、ナザルの息子ニキータが家業を引き継いだ。父と叔父の世代が始めた仕事は、次の世代へ受け継がれ、19世紀のロシアでサモワールが広く普及していく時代へとつながっていった。

二百年以上を経て残された一品

トゥーラのサモワール製造が発展するにつれて、数多くの工房が生まれ、製品も広く流通するようになった。しかし、18世紀に作られた初期のサモワールが、現在まで残っている例は多くない。

ポリテクニック博物館の収蔵品記録には、1778年から1800年の間にリシツィン兄弟の工房で製造されたサモワールが紹介されている。この一品は1981年、バルト地域にあった画家の個人コレクションから見いだされ、その後トゥーラの博物館へ渡ったとされる。

製造地を離れて長い年月を過ごした生活道具が、再び故郷へ戻ってきたことになる。残された実物は、形や装飾だけでなく、当時の製造技術と作り手の名を今に伝えている。

職人の手から、ロシアの暮らしへ

リシツィン兄弟が事業を始めた18世紀後半、サモワールはまだロシアのすべての家庭に行き渡っていたわけではなかった。それが19世紀には生産を大きく伸ばし、やがてロシアの茶の時間を象徴する道具となっていく。

兄弟が残したものは、美しいサモワールだけではない。武器製造の町に蓄積されていた金属加工技術を、日々の暮らしを豊かにする製品へと結びつけたことに、その歴史的な意味がある。

『大航海時代 Online』で見つけるサモワールは、一つの財宝として冒険の記録に加わる。その背景には、銅を打つ音が響く小さな工房と、父から息子へ、次の世代へと受け継がれた職人たちの営みがあった。

← 博物館の展示一覧へ戻る