補足
ボッティチェリ作の絵画。中央にヴィーナスとキューピッド、右にはゼフュロスに息を吹きかけられた女神フローラが、左には美・貞節・愛の三女神とメルクリウスが描かれている。
考察
『プリマヴェーラ(春)』は、ルネサンス期フィレンツェを代表する画家サンドロ・ボッティチェリが、1480年頃に制作した絵画である。現在はフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵され、縦207cm、横319cmに及ぶ大画面には、古代神話の神々と春の草花が描かれている。
画面中央に立つのは愛と美の女神ヴィーナス。その頭上では目隠しをしたキューピッドが弓を構えている。右端では西風の神ゼフュロスがニンフのクロリスを捕らえようとし、その隣には花々をまとった女神フローラが立つ。これは、クロリスが花の女神へと変わる神話を表現したものと考えられている。一方、左側では三美神が輪になって踊り、さらに端には杖を掲げて雲に触れるメルクリウスの姿がある。
人物たちを包む庭園も、この作品の大きな見どころである。オレンジや月桂樹が茂る木立の下には、数多くの植物が精密に描き込まれている。ウフィツィ美術館の解説によれば、少なくとも42種の植物が識別されており、ボッティチェリの自然観察と描写へのこだわりがうかがえる。
制作の背景には、フィレンツェで大きな影響力を持ったメディチ家との関係がある。15世紀末にはロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの一族の邸宅に飾られていたことが知られる。ただし、誰が何の目的で注文したのか、画面全体が何を意味するのかについては、現在も議論が続いている。
春の到来や豊穣を祝う絵画としてだけでなく、愛の性質や人間の精神的な成長を表す寓意としても読み解かれてきた『プリマヴェーラ』。神話の登場人物を優雅な動きで結びつけながら、ひとつの庭園に複数の物語を共存させた構成に、ボッティチェリならではの独創性が表れている。

