シリーズ「モアイ」の相関図相関図を見る
冒険の章「ラパ・ヌイ」第1話
発見物情報
補足
マゼランが、太平洋に出るために航行したことから、その名がついた海峡。非常に狭く、地形も複雑であるため航海の難所として有名である。
考察
マゼラン海峡は、南アメリカ大陸の南端とフエゴ島の間を通り、大西洋と太平洋を結ぶ海峡である。複雑に入り組んだ水路は全長約570kmに及び、険しい山々と無数の島々に囲まれている。大西洋から太平洋へ抜ける航路として知られるが、その名が示す歴史は、世界の海を一つにつなごうとした大航海の物語でもある。
1519年、ポルトガル出身のフェルディナンド・マゼランは、スペイン王室の支援を受け、5隻の船団を率いて西回りの香料諸島航路を探す旅に出た。当時、アメリカ大陸の南を通って太平洋へ抜ける航路は、ヨーロッパの航海者にとって大きな未知の領域だった。
1520年10月、船団は南米大陸の南端付近で海峡の入口に到達する。しかし、曲がりくねった水路、強風、複雑な潮流が行く手を阻んだ。船団内では離反も起こり、サン・アントニオ号はスペインへ引き返してしまう。それでも残された3隻は航行を続け、同年11月28日、ついに太平洋へ到達した。
ただし、この海峡はマゼランによって初めて人類に知られた場所ではない。周辺には古くからカウェスカルやセルクナムなどの先住民が暮らし、海や陸の環境に適応した生活を営んでいた。「発見」とは、あくまでヨーロッパの航海史から見た表現なのである。
海峡を越えた後も苦難は続いた。太平洋横断では食料不足に苦しみ、マゼラン自身は1521年、フィリピンのマクタン島での戦闘で命を落とした。世界周航を成し遂げたのは、1522年にビクトリア号を率いてスペインへ帰還したフアン・セバスティアン・エルカーノらの生存者たちだった。
マゼラン海峡は、未知の海へ挑んだ航海者たちの勇気だけでなく、その代償となった犠牲と、はるか以前からこの地に生きていた人々の歴史を伝える場所でもある。世界が航路によって結ばれていく、その大きな転換点を象徴する海峡なのである。

