シリーズ「モアイ」の相関図相関図を見る
ルンの西に広がる海

発見物情報
補足
セレベス島の南東にある海。200以上の小島があるといわれる。この小島のどれかに貴重な香辛料の原産地があるのかもしれない。
考察
バンダ海は、インドネシア東部のセレベス島南東に広がる海域である。北にはセラム島、南にはティモール島周辺の島々が連なり、アンボン島やバンダ諸島をはじめ、多数の島々が点在している。複雑な海底地形を持ち、深いバンダ海盆と火山活動によって生まれた島々が特徴である。この海は、世界の香辛料交易を大きく動かした歴史の舞台でもあった。
その中心となったのが、海域の南東部に位置するバンダ諸島である。ここはかつて、ナツメグとメースのほぼ唯一の産地として知られていた。ナツメグはニクズクの種子から作られる香辛料で、メースはその種子を包む赤い仮種皮を乾燥させたもの。同じ植物から得られる二つの香辛料は、料理や薬用、香料として遠く離れた地域でも珍重された。
香辛料交易は、ヨーロッパ人の到来よりはるか以前から続いていた。バンダ諸島の住民は、ジャワやマレー半島などから訪れる商人たちと交易し、ナツメグやメースを米、布、生活物資などと交換していた。香辛料はさらにインド洋を越え、中東やヨーロッパへと運ばれた。小さな島々は、広大なアジアの交易網を結ぶ重要な拠点だったのである。
16世紀初頭にはポルトガル人がこの地域に進出し、やがてオランダ人やイギリス人も香辛料を求めて競争を始めた。1602年に設立されたオランダ東インド会社は、ナツメグ交易の独占を目指して支配を強めていく。
1621年、総督ヤン・ピーテルスゾーン・クーンの指揮下でバンダ諸島への大規模な軍事侵攻が行われた。多くの住民が殺害され、奴隷化され、あるいは島を追われた。その後、オランダ東インド会社は農園制度を導入し、奴隷労働によってナツメグ生産を管理した。香辛料がもたらした巨額の利益の裏には、現地社会の破壊という深刻な犠牲があった。
バンダ海に散らばる小島の一つひとつには、海を渡る商人たちの交流と、香辛料をめぐる争いの歴史が刻まれている。世界を魅了したナツメグの香りは、豊かな交易文化と植民地支配の両面を、今に伝えているのである。
