補足
鉄器時代の後期に作られたと思われる銀器。ケルトの神々のさまざまな場面が描かれている。ヨーロッパ鉄器時代のものとしては、現存する最大の銀細工とされる。
考察
グンデストルップの大釜は、1891年にデンマークのユトランド半島北部、グンデストルップ近郊の泥炭湿地で発見された大型の銀製容器である。直径約69cm、重量は約9kgに及び、ヨーロッパ鉄器時代を代表する銀細工の一つとして知られている。発見時には大釜が解体され、側面を構成する銀板や縁の部品が底の部分に収められていた。こうした埋納状況から、単に捨てられたのではなく、神々への奉納品として湿地に置かれたと考えられている。
大釜の内外には、神々とみられる人物、動物、戦士、儀式の場面などが浮き彫りで表現されている。特に有名なのが、鹿の角を持つ人物が動物たちに囲まれて座る図像である。片手に首飾りのトルク、もう一方の手に蛇を持つこの人物は、ケルトの角を持つ神ケルヌンノスと結びつけられることが多い。しかし、図像には神の名前が刻まれておらず、同一の神であると断定することはできない。ほかにも戦士の行列や雄牛をめぐる儀式が描かれているが、その具体的な意味については現在も議論が続いている。
興味深いのは、ケルト的な宗教図像を持ちながら、製作技術には別の文化圏の特徴が見られることである。銀板を裏側から打ち出し、細かな文様を刻む技法は、バルカン半島周辺のトラキアの銀細工と共通する。デンマーク国立博物館は、紀元前150年頃から紀元前後にかけて、現在のルーマニア南西部からブルガリア北西部付近で製作された可能性を示している。一方、戦士の兜や戦闘用の管楽器カルニクスにはケルト文化の特徴が認められる。
なぜ遠く離れたデンマークの湿地に、この大釜が運ばれたのかも明らかではない。交易品だったのか、有力者への贈り物だったのか、あるいは戦利品だったのか。製作地も使用した人々も確定していないが、その装飾には異なる文化が接触した痕跡が残されている。グンデストルップの大釜は、古代ヨーロッパの宗教観だけでなく、人々の交流や美術技術の広がりを伝える貴重な遺物なのである。

