発見物情報
補足
探検家クリストバル・コロン一回目の航海で旗艦を務めたナオ。大西洋横断後の1492年クリスマスイブに、イスパニョーラ島の暗礁に乗り上げ、航行不能に陥った。
【宝箱から入手した装備品】
・学者のアミュレット 美術+1、考古学+1、宗教学+1
・黄金のパイプ 口説き+1、酒宴+2
・アストロラーブ 測量+1、地理学+1
・提督のアストロラーブ 測量+1、地理学+1、航行技術+1
沈没船地図

考察
1492年、クリストファー・コロンブスが率いた最初の大西洋横断航海には、サンタ・マリア号、ニーニャ号、ピンタ号の3隻が参加した。このうち旗艦を務めたサンタ・マリア号は、3隻で最も大きなナオと呼ばれる形式の船だった。カラベル船の僚船に比べて積載能力に優れる一方、船体が大きく、沿岸の浅い海域での操船には慎重さを要した。
同年10月、一行はカリブ海の島々に到達した。当初の目的はアジアへ至る西回り航路の開拓だったが、彼らがたどり着いたのはヨーロッパ人にとって未知の大陸に連なる地域だった。その後、一行はキューバ島やイスパニョーラ島の沿岸を調査しながら航海を続けた。
ところが12月24日から25日にかけての夜、サンタ・マリア号はイスパニョーラ島北岸で座礁する。伝わる航海記録によれば、当直の舵取りが少年に操船を任せたまま休み、船は海流に流されて浅瀬に乗り上げたという。船体の損傷は深刻で、引き上げて航海を続けることはできなかった。
失われた船の木材は、現地に築かれたナビダー砦の建設に再利用された。コロンブスは39人を残して帰国したが、翌年の再訪時には砦が破壊され、残された人々も生存していなかった。この出来事は、ヨーロッパ人の進出と先住民との関係が、早くも緊張と衝突を伴っていたことを物語る。
サンタ・マリア号の残骸については、現代にも発見を主張する例があったものの、確実な船体の同定には至っていない。大航海の象徴として知られる船は、実際には最初の航海を終えることなく失われ、その船材だけが新たな拠点の礎となったのである。
