補足
ソクラテスが獄中で毒ニンジンをあおって自殺したときの盃。ソクラテスは古代ギリシャ最大の哲学者で、弟子にプラトンがいる。
考察
ソクラテスは、紀元前5世紀のアテネで活動した古代ギリシャの哲学者である。自ら著作を残さず、人々との対話を通じて知識や徳の意味を問い続けた。その思想や人物像は、弟子のプラトンや同時代人のクセノポンらが残した著作によって伝えられている。
紀元前399年、ソクラテスはアテネの神々を認めず、若者を堕落させたなどの罪で告発され、裁判で死刑を宣告された。プラトンの対話篇『パイドン』には、獄中で弟子たちと魂の不死について語り合い、最後に毒の入った盃を受け取る姿が描かれている。ソクラテスは取り乱すことなく毒を飲み干し、やがて身体の感覚を失って息を引き取ったとされる。一般に、その毒はドクニンジンから作られたものと考えられている。
一方、クエスト名にも登場する妻クサンティッペは、後世に「悪妻」の代表として知られるようになった。クセノポンの『饗宴』では、彼女を気難しい女性だと評する人物に対し、ソクラテスが、気性の激しい馬を扱えればほかの馬も容易に扱えるように、妻との生活も人付き合いの訓練になると答えている。
しかし、この逸話だけでクサンティッペの実際の性格を判断することは難しい。プラトンの『パイドン』では、処刑を前にした夫のそばで子を抱き、嘆き悲しむ姿が描かれている。そこには、後世の滑稽な悪妻像とは異なる、家族としての悲しみが表れている。
また、ソクラテスが毒を飲んだ盃については、プラトンの記述からその存在をうかがうことができるものの、実物が発見され、本人の所持品と確認されたわけではない。ゲームに登場する「ソクラテスの盃」は、歴史上の出来事を象徴する発見物として理解するのが適切だろう。
この盃が伝えるのは、単に一人の哲学者の死ではない。国家の法と個人の信念、死を前にした人間の態度、そして他者の言葉によって形作られる人物像である。ソクラテスとクサンティッペの物語は、古代から現代まで、人間をどう理解するかという問いを投げかけ続けている。

