補足
ノイマーゲンのワイン商の墓から出土した副葬品。ノイマーゲンはローマ帝国期よりワイン生産の盛んなモーゼル川流域の街。獣頭のガレー船にワイン樽が満載され、二人の収税人と多くの漕ぎ手が乗っている。当初は二隻構成だったようだ。
考察
ノイマーゲンのワイン船は、ドイツ西部のモーゼル川沿いにあるノイマーゲン=ドローンで発見された、ローマ帝国時代の船形墓碑彫刻である。紀元220年頃に製作されたと考えられ、裕福なワイン商人の墓を飾っていたものとみられている。実物の船や墓に納められた副葬品ではなく、船と積荷を砂岩に彫り出した記念碑であり、現在はトリーアのライン州立博物館に収蔵されている。
彫刻には大きな樽を積んだ船と、櫂を操る乗組員たちが表現されている。船首には目や突き出した船嘴、船首と船尾には竜を思わせる怪物の頭部が飾られ、単なる荷船とは異なる印象を与える。複数の船の彫刻が発見されており、当初の墓碑では船が対になって配置され、中央にアンフォラを積み上げたような装飾を伴っていた可能性がある。ただし、墓碑全体の復元には確定していない部分も残る。
ローマ帝国支配下のモーゼル川流域は、都市トリーアを中心とする交通と交易の重要な地域だった。川は大量の物資を運ぶための輸送路であり、ワインの生産と流通も地域経済を支える産業へと発展した。樽は液体をまとめて輸送するのに適しており、船上に並ぶ大きな樽の描写からは、当時の商業活動を具体的に思い描くことができる。
もっとも、この彫刻が実在した船をどこまで忠実に再現しているのかについては議論がある。突き出した船首や多数の櫂などを理由に、軍船あるいは軍船を転用した輸送船と解釈する研究がある一方、モーゼル地方の墓碑文化や同種の船の彫刻を重視し、商業用の河川船とみる立場もある。船の形だけから用途を断定することはできない。
この墓碑が後世に残った経緯も興味深い。1878年、ノイマーゲンの後期ローマ時代の城塞跡から、建築資材として再利用された墓碑の石材が発見されたのである。かつて商人の富と職業を誇示していた記念碑は、時代が下ると防備のための石材となり、さらに長い年月を経て考古学的な遺物として姿を現した。
ノイマーゲンのワイン船は、古代の船舶技術や交易の姿を伝えるだけでなく、商業によって富を築いた人々が、自らの仕事をどのように後世へ伝えようとしたのかを示す資料でもある。墓碑に刻まれたワイン樽と乗組員の姿からは、ローマ帝国の繁栄を支えた河川交通と、そこで生きた商人たちの存在が浮かび上がってくる。

