トラデスカント エピソード(ザナドゥ)・鄭成功編相関図を見る
発見物情報
補足
読みは「タイナンのちず」。ネーデルラント軍が占領していた港や道路を示した台南の地図。鄭芝龍の部下だった何斌が鄭成功に献上した。台湾島へ安全に上陸するために、大きく役立った。
考察
1661年、鄭成功はオランダ東インド会社が支配していた台湾へ大軍を率いて渡り、鹿耳門から台江内海へ進入した。この作戦で重要な役割を果たした人物として知られるのが何斌である。何斌は台湾でオランダ側の通訳や徴税に関わっていた人物で、のちに鄭成功のもとへ逃れ、台湾攻略を進言した。台湾の地理や航路に詳しく、沿岸や鹿耳門水道に関する地図を鄭成功へ提供したとする記録が残っている。
ゲーム内では「ネーデルラント軍が占領していた港や道路を示した台南の地図」と説明されているが、史料上確認できるのは、何斌が台湾の地図や海路情報を鄭成功へ渡したということまでである。現在伝わる研究では、彼が提供したものは鹿耳門周辺の航路や沿岸地形を把握するための海図だった可能性が高いとされ、具体的に「台南の港や道路を描いた一枚の地図」が現存しているわけではない。
鄭成功軍は鹿耳門を通過して台江内海へ入り、まず普羅民遮城を攻略し、その後、熱蘭遮城を包囲した。翌1662年にオランダ側が降伏すると、熱蘭遮城は安平鎮と改められ、鄭氏政権の拠点となった。何斌の地図や案内がどこまで直接作戦を左右したかは慎重に見る必要があるが、彼が台湾の地理情報を鄭成功へ伝え、攻略構想の形成に関わったこと自体は複数の史料から確認できる。ゲームの「台南の地図」は、その歴史的役割を一枚の発見物として象徴化したものと考えると分かりやすい。

