ザナドゥ

『ザナドゥ』を発見したゲーム画面

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発見物情報

補足

モンゴル高原南部の都市。元朝の皇帝が建設し、夏の間、都として政務を行った。
『東方見聞録』では技術の粋を尽くした優美な都市と紹介され、多くの航海者の憧れの的となった。

考察

ザナドゥとは、現在の中国・内モンゴル自治区に残る元上都の遺跡である。1256年、フビライの中国人顧問・劉秉忠によって設計され、1260年代にはフビライ政権の重要な拠点となった。大都が整備された後も上都の役割は失われず、1274年以降は元朝の夏の都として機能した。皇帝と宮廷は季節に応じてここへ移動し、政治・儀礼・狩猟などを行った。つまり上都は単なる避暑地ではなく、元朝の統治そのものを支えたもう一つの中心だった。

都市の構造も特徴的である。宮城・皇城・外城という中国都市の形式を備えながら、その周囲には遊牧民の野営地や王室の狩猟地が置かれた。都市は北に山、南に川を配する中国的な風水思想に沿って計画される一方、草原を生かしたモンゴル的な生活空間も残されていた。UNESCOが上都を高く評価しているのも、この二つの世界が単に隣り合っていたのではなく、ひとつの首都の中で共存していたからである。定住都市と遊牧社会という一見相反する仕組みを同時に取り込んだ上都は、フビライ政権の性格そのものを映した都市だった。

上都は政治だけでなく、宗教や文化の交流拠点でもあった。フビライの時代にはここで宗教論争が行われ、チベット仏教が北東アジアへ広がる契機の一つにもなった。また、外国人旅行者や使節が訪れたことによって、西方世界にもその存在が知られるようになる。なかでもマルコ・ポーロの旅行記は、壮麗な宮殿や草原の中の離宮を描き、後世のヨーロッパに「Xanadu」という伝説的なイメージを残した。実在した政治都市が、やがて遠い東方の幻想的な都として語られるようになったのである。

その一方で、現在の遺跡から見える上都は、黄金に輝く空想の宮殿とはかなり異なる。城壁、宮殿区、寺院、墓地、水路などの痕跡が草原に残り、そこからかつての都市の輪郭を読み取ることができる。特に鉄幡竿運河をはじめとする水利施設は、草原の首都を維持するために大規模な環境整備が必要だったことを示している。上都は自然の中に突然現れた夢の都ではなく、政治力と技術によって成立した計画都市だった。

元末の混乱によって都市は大きな被害を受け、明代には政治都市としての役割を失っていった。しかし、その名は消えなかった。実際の都市が衰退した後も、「Xanadu」は文学や芸術の中で理想郷や幻想都市を象徴する言葉として生き続けた。ゲーム内でザナドゥが多くの冒険者の憧れとして描かれるのも、この歴史と伝説の重なりを踏まえたものだろう。ザナドゥの魅力は、幻の都だったことではない。現実に存在した政治都市が、遊牧と定住、東方と西方、歴史と物語の境界を越えながら、後世に「伝説の都」へ変わっていったことにある。

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